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サル芝居一座 [外から見た日本]

日本を離れて2年近くの時間が経過して、ぼくは最近の日本語の進化に取り残されてしまったのだろうかとさえ感じます。

「次のニュースです。官房副長官が、~と発言した件について、………、副長官は~と発言していないそうです。」
何ですか、これは。
ぼくには全く理解不能です。

『発言した件』ならば、「くだらない嘘をつくんじゃない!」と事実の検証が必要でしょ。
ここまで問題になってしまっているのだから、オフレコの場での発言とか何とかいっている場合ではないはず。少なくとも、記憶がどうのこうのと言う記者会見の様子を淡々と垂れ流してケジメがつくものではないと思います。

言っていないのならば、メディア各社の幹部が首を揃えて謝罪しなければならない事態ではないですか?
総理大臣に「あれは誤報じゃなかった」と言わせたとしても、状況は何も変わりません。
ついでに言えば、もし今後、「発言の事実はないが、世間をお騒がせした責任をとって」と副長官が職を辞せば、事実と異なる事を書きたてて政府高官を追いつめたという事になり、メディアの責任はさらに重くなります。

政府とメディアが一体となって、なんとかそれぞれの面子を立てようと懸命なのでしょうが、芝居の筋書きがめちゃくちゃです。タイトルを『サル芝居』としてしまいましたが、サルに失礼かもしれません。

税金、購読料、視聴料、間接的ではありますが広告料を支払ってこんな芝居を見せられているなんて…。
末恐ろしい国になってしまったんじゃありませんか?
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ガザ - 日本の存在感は? [外から見た日本]

とりあえず静寂は保たれているようですが、傷跡はあまりに深く、生き延びた人たちも必要物資の不足に苦しみ続けているようです(ずっと以前から続いていることです)。

この間、日本の反応はどうなのかということも頭の片隅を占めながら、ニュースを見守っていました。
ぼくの家で視聴可能なテレビのニュースチャンネルを見ている範囲では、日本に関係する報道は皆無でした。

外交官や政治家の特段の活動が報じられることはなく、中東やヨーロッパ諸国、アジアではマレーシアや韓国などで市民の激しい抗議デモが行われたとの報には接しましたが、日本の市民を目にすることはなかった。
国内情勢だけで精一杯なのか、伝えられる情報が少なすぎるのか。

France24がガザの救急隊に同行取材したレポートを放送していました。
http://www.france24.com/en/20090116-gaza-israel-assault-medics-violence-hospital-war-palestinian
日本からもアクセス可能だと思います。

チュニジアの新聞には、10日付けで『日本の有馬龍夫特使が10日間の日程で関係国を歴訪して事態打開に向けた会談を行う』という記事が掲載されました。
この名前の漢字を調べようとして日本のWebを探しましたが少々時間がかかりました。
たぶん、日本の新聞よりもチュニジアの新聞の方が大きな面積の記事だったのではないかと想像します。

このことを、「日本の取り組みをアラブが期待をこめて見つめている」とぼくは捉えてみたい。
「日本に期待するほどアラブも世間知らずではない」と言われれば、そのとおりだと思います。

しかし、アメリカは当事者に準じる立場。イギリスは現在の混乱を作ったそもそもの原因国として信頼を失っている。ドイツは対イスラエルとなると弱腰にならざるを得ない。
フランスはサルコジがハイパーに動き回りましたが、ヨーロッパの1国が収拾できる課題ではない。
このような中で東アジアの日本が、何らかの役割を担う余地があるのではないかと思うのです。

『国際貢献』と言えば軍服を着た人をどうやって派遣するかという議論になりがちですが、外交の出番が残されているはずです。

『正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求』する国民として何が出来るのか、考え続けたいと思います。
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日本はどう見られているのか [外から見た日本]

今日、書く内容は、ぼくがチュニジアで付き合っている職場の同僚を中心とする人たちや、たまたま言葉を交わした通りすがりの人たちという、限られたサンプルの中で感じ取ったことなので全体に普遍的とは言えないかもしれません。

こちらの人たちはアラビア語を使ういわゆるアラブ人が大半なのですが、日本については概ね良い印象を抱いているように思います(職場の連中はあらかじめわかって日本人を迎えているわけですから、あまり変なことは言わないでしょうが)。
街中で「ケッ、ジャポネか!」というような態度をあからさまに示されたことは、これまでのところ1度だけです。

『先進的な技術を有するモダンな国』、簡潔に言えば彼らの印象はこのようなものだと思います。
自らも技術者だという人が特に関心を持っているように思われ、街中で出会った若者に「実際の様子はどうなのよ?」と呼び止められて話し合ったことも何度かあります。
ソニーやトウシバの方がトヨタやニッサンよりも知名度は高いのではないでしょうか。自動車は地理的に近いフランス車やドイツ車の比率が多く、日本の電器製品の方がより身近なようです(ISUZUと書いたピックアップトラックはよく見かけます)。

積極的に知ろうと思えば情報はあるようで、毎日一緒に作業をしている職場の同僚がある日ニヤニヤしながら、「日本には軍隊は無いんだろう」と切り出してきたことがあります。「残念ながら、立派な軍備を有している。イラクに兵力を送ってもいる」と返すと、頷くだけです。彼は戦争放棄の基本法を掲げつつ外国に出兵していることを全て知っていて、わざとそのように言ってみたわけです。

感心させられたことのひとつが、多数の人が『広島・長崎』を知っていて、高い関心を持っているということです。
学校の授業で習うらしいのですが、そのような経験を経て今の『モダンな国』になった日本という見方をしています。
ぼくがこちらに来た後で、同僚のひとりが研修のため日本に短期間出かけていったのですが、その出発前に話した際に、見てみたい日本の都市として挙げたのが京都ではなく広島でした。
遊びに行ったわけではないので実際には時間が無くて実現できなかったようですが、「広島のミュージアムを見たい」と言っていたのが、強くぼくの記憶に残っています。(象徴的な地名としてまず広島が思い浮かぶようです。長崎の関係者の皆さんごめんなさい-とぼくが謝ってもどうしようもないのですが。)

今度ぼくが日本に立ち寄る際には、写真集などの資料を手に入れて持ち帰り、見せてあげることにしたいと思っています(アラビア語かフランス語で記述されたものはあるのかな?)。
こちらに写真パネルなどの資料を持ち込んで展示会を開くと、多くの人が集まるのかもしれません(とは言ってもこちらの政治体制の中で、そのようなことが実現可能なのかどうか全くわからない無責任な思いつきですが)。

北米の大統領の目にどう映るかということばかり考えて、日本の進路を決めてはいけません。


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商店街と郊外型ショッピングセンター [外から見た日本]

昔から街の中心をなしてきた商店街の不振が問題視されています。特に地方都市ではその傾向が顕著です。
ぼくも日本ではかなり田舎の方に長く暮らしていましたから、にぎわうショッピングセンターと人影のない商店街の対照的な様子を目の当たりにしてきました。

行政も動員して、商店街の中に駐車場ビルを建てたり、舗道を小綺麗に改装したりといった対策が方々で計画されたり実行されたりしています。

それぞれの地域で商売することが大好きで、引き続いて営業したいと真に願っている人たちを応援したいという気持ちはあります。しかし自分の体験から、ぼくはそのような小手先の対策には批判的な考えを持っています。
実際に体験した事例を3つほど挙げてみます。

事例1
電器店で家電製品を選び支払いを済ませて配達を依頼しました。約束した日時に在宅して配達を待つのですが、1時間過ぎても2時間過ぎても誰もやって来ません。その日の夜になって電話が鳴り「今日行けなかったのだけど次にはいつ行ったら良いか」と当たり前のように話してきます。
「ちょっと待て。なぜ今日来なかったのか?」と訊くと、「イヤー、ちょっと忙しくて」
「電話一本も出来なかったのか?」と言うとだんまりです。4~5万円の買い物でしたが、その程度ではたいした利益にもならないので、誠実な対応を期待してはいけなかったのかもしれません。
同じ街にある大手家電量販店の看板を掲げた店で配達を依頼した時には、約束の時間の少し前に配送担当者から、「これから伺ってもいいですか。いま~(地名)にいるので、10分ほど後に到着します」と電話が入り、その通りに配達をしてくれました。
その後、電球1個、電池1本でも必要になった時に、ぼくの足がどちらの店に向いたのかは言うまでもありません。

事例2
商店街の中にある理髪店で散髪をしてもらっていました。その途中で近所の商店主がやってきて理髪店主とともに役所に陳情する商店街振興策の相談が始まりました。ぼくの頭は中途半端なまま放り出して…。
なぜ「今、客扱い中だから15分待ってくれ」とならないのか。
何度か通った床屋でしたが、再びその店に行くことはありませんでした。

事例3
ある街に引っ越していった時、プロパンガスを使い始めるための点検をしてもらいました。担当は近くの金物店でした。台所の構造の違いからそれまで使っていたガス器具を取り付けるには、新たな部品が必要だと判明しました。金物店の人が言うには「その部品ならホームセンターで売っているよ」とのこと。
すぐに入手できる提案なので、ある意味親切ではありますが、「少し待ってくれればうちで取り寄せて持ってくるよ」という提案もあり得るのではないか。
自ら客を他の店に誘導しつつ、「大型店に客を奪われて困る」と主張されても説得力に欠けます。

今ぼくが暮らしているチュニスにも、広い駐車場を備えた大きなショッピングセンターが郊外にいくつかあって人を集めています。しかし、街中の商店街もけっこうにぎわっています。
いずれは日本と同じような傾向が顕在化するのかもしれませんが、ぼくはこの商店街が急速に寂れるとは感じていません。
なぜそう思うのか? この説明にも実例を挙げてみます。

事例4
海水パンツを手に入れようとスポーツ用品店に入りました。店頭に並んでいるものの中から、値段とデザインを見比べてひとつを選び出しましたが、それは特大サイズの品物でした。店主がぼくの体型をじろりと見て「Mサイズだなあ、すこし待って」と言ってひとりの店員とともに店の奥に向かいます。少しして店主が出てきてどこかへ電話をかけます。電話が終わった店主から指示を受けた別の店員が店を飛び出していきました。さらに少ししてから店の奥を探っていた店員が手ぶらで出てきます。そして店主が言うには「うちの店にはMサイズの在庫が無かった。しかし、近くの兄弟店にはあるので店員が今取りに向かっている。ここに座ってもう少し待っていてほしい。」
1,000円程度の買い物をするのにコーヒーでも出てきそうな勢いです。
「いやいや、他の物を見ているから」と座らずに店内をうろうろしているうちに、汗だくになった店員が帰ってきて、ぼくは希望の品物を購入することが出来ました(「少し負からない?」と言おうと思っていたのですが、汗だくの店員の顔を見て値札通りの金額を支払うことにしました)。

事例5
リュックサックが欲しいと思って鞄屋に行きました。いくつもぶら下がっているうちのひとつを見せて欲しいと頼むと、商品を手に取っての説明が始まります。
「この大きな区画には大きな物をたくさん収容できる。あっちにもこっちにもポケットがあって、小さな物もそれぞれに分けて入れることが出来る。(別の品物を指さして)少し安いリュックもあるけれども、こっちの方が品質は断然良い。」と熱心に語ります。
値段を聞いて「少し負からない?」と言うと、やや考えてから15%ほど値引いたきりの良い数字にしてくれました。

こちらの商店では、「この客との売り買いを是非とも成立させよう」という店側の熱意と努力がはっきりと感じられて、こちら側の希望を探ってそれに最大限応えようとしてくれます。
買い物をして店を出た後に「真摯に対応してもらえた」という満足感があって、買い物が楽しく感じられることが多いのです。

日本の商店全てが客をぞんざいに扱うと言うつもりは毛頭ありませんし、中には熱心な商店主がいることも覚えています。
でも、先代、先々代から何となく既定路線として店を受け継ぎ、売り上げが振るわない結果として商売への熱意も薄らぐという悪循環に陥っている例もかなりあるのではないでしょうか。

駐車場を作って、通りを小綺麗に飾り、ポイント還元でもやれば客は自然に集まってくるはずと立案するのは考えが浅いと思います。『商売』というものをもう一度見つめ直す必要があるのではないでしょうか。

数千万円の資金を用意して工事を計画している所があるならば、少しだけ先延ばしして、数十万円の旅費を作ってこちらの商店に研修に来られてはいかがですか。


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戦争の民営化 [外から見た日本]

こちらでテレビのニュースを見ていると、明らかに日本のニュースとは違う種類の情報を知らされているように思います。
(ぼくがよく見ているのは、英語チャンネルも放送されているFRANCE24というフランスのニュース専門チャンネルです。アラブ諸国のチャンネルもたくさん見ることは出来るのですが、言葉が理解できないのが悔やまれます。)

日本では郵便局の民営化がスタートしたそうですが、ぼくが最近気になっているのは戦争の民営化。

イラクではブラックウォーターというアメリカの『民間警備会社』が、無茶苦茶な活動をしています。アメリカ議会も無視できなくなって会社の会長を呼んで証言を求めたようですが、会社側は「適切な行動」と主張しているようです。しかし、CNNが伝える目撃者の証言では全く異なる現場の状況が浮かび上がってきます。

そもそも『民間企業』の活動として、銃器を持って他国に乗り込み人を撃ち殺すということは、国際法などに照らして正当なものといえるのでしょうか?
テレビでは「資料映像」としてこの会社の警備訓練の様子が映し出されましたが、ぼくにはテロ組織の軍事訓練として紹介される映像とだぶって見えてしまいます。テロとの戦いなのかテロリストとしての戦いなのか???。

カタカナで「ブラックウォーター」と検索をかけても日本の報道機関のサイトにはほんの少ししかヒットしないのですが、日本ではこのようなことがきちんと伝えられているのでしょうか?
今にして思えば、2004年にイラクのファルージャでアメリカの『民間人』4名が殺害されて焼かれた遺体が橋から吊り下げられるということがあった時、一般には「民間の技術者になんてひどいことをするのか」という論調が多い中で、「民間企業とは言っても、あれは軍事活動を行う会社だ」と指摘する少数の人がいました。この4名がブラックウォーター社の社員だったわけです。

今日もイラクで「外国警備会社の銃撃により2名の女性が死亡」と伝えられています。
このような情報が広くきちんと知らされたうえで、日本がどう関わっていくべきかを論じなければならないと思います。


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議会の重み [外から見た日本]

自民党総裁選挙の結果が報じられています。報道では、「25日の国会での指名を経て総理大臣に」と議会の指名選挙が単なる手続きとして語られています。まあ実際にそうなるのでしょうが、ご本人にはこの2日間のギャップの意味をしっかりと確認していただきたいと思います。
前任者のように「これはすでに国際公約なのだから議会はすぐに法案を可決すべき」などと、国政の仕組みを全く理解していない本末転倒なことを言い出さないために…

国会が国権の最高機関ということは、学生でも知っていることです(『国会』の所を空白にした問題が試験に出されるようですね)。
行政官が外国と相談してきたから議会がそれに従わなければならないのではなくて、各々の問題に関しては議会が別の判断をすることもあって、その場合には議会の判断が優先するのが現行の仕組みのはずです。

現状で『日本にとっての国際公約』と言えるのは、現行法が定めた期日までの活動がそれに当たるのでしょう。
「私は活動継続が日本にとって必要な措置だと考えるので、法案を提案します。その内容を議会において吟味の上で賛同して、国際公約に仕上げて下さい。」と言って中味をきちんと説明するならば筋が通っていますが、すでに決まったことだからと言わんばかりに結論を急ぐのは姑息なやり方と言わざるを得ません。

そもそも、独立した国家としての判断が国際的な協議の方向とは別にあり得るということは、「国連議決や京都議定書はわが国の方針に何らの強制力も持たない」と言い切る国の人ととても親しく付き合っているのだから、十分分かっているはずです。

今、ぼくの暮らしている所は独裁だといわれています。毎日の新聞では一面の左上が大統領の指定席になっており、大統領が海外の要人と会談したことや大統領が省庁に指示した事などが写真入りで掲載されます。その一方で議会の存在感は希薄で、ぼくも大統領府や首相官邸の場所や建物は分かるのですが、議会がどこにあるのかを知りません(勉強不足なだけかもしれませんが)。

漠然とした感想ではあるのですが、最近、日本の総理大臣になる人たちやマスコミが指向しているのは、ぼくの暮らしている所のようなやり方ではないのかなという気がしています。「強力なリーダーシップを発揮」とかいって、権力者がどのように議会の手続きをやり過ごすかだけに注意が注がれている。
議会での議論の中味ではなく、権力者から見た手続きの進め方-『国会対策』といった文脈でのみ議会が語られるようになった時、日本は本当に危ういと思います。


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