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「公」と「国家」 [政治]

改正教育基本法が昨日の国会で成立しました。
今朝、ぼくの家に配達された北海道新聞の一面は、“「個」から「公」へ転換”という見出しになっています。このように二者択一的にとらえることには違和感がありますが、「公を尊重することも大切」という見方には反対するものではありません(このことを重く受け止めていただきたいのは、子供たちよりも、政治家や企業経営者、高級官僚だという気もしますが)。

ただし、今の社会において『公』という概念がどれほど定着しているのか疑問です。「公共の利益」と「政府・権力者にとっての都合の良さ」とが混同して語られることがあまりにも多いのではないかと思います。

以前も書きましたが、「公共放送」と標ぼうする放送局が送出する内容が政府の命令によって左右される仕組みがあっても、さほど問題視されるわけでもなく、むしろテレビ放送にまでその仕組みが拡大されようとしています。

話を教育基本法に戻して、これまでの法律においては、政府の役割は校舎を建てたり費用を確保したりして、教育の環境を整備することであった。そしてその環境の下で行われる教育の内容は、(教科書検定などの問題はあるにせよ)権力者からは独立して、学術的に公にオーソライズされたものという建前になっていたと教わりました。
今後は、時の権力者が望んで法律を成立させれば教える内容を規定できるようになります。

概念的な基本法が成立しましたが、これからは個別具体的な法制度の検討に移ります。その過程において、誤った方向へと進むことを押し止める余地がまだあると信じますし、より具体的に問題点を浮かび上がらせることが出来るのではないかと思います。
それぞれの段階で何が焦点なのかをきちんと見極めて、考え続けるようにしたいものです。


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